和太鼓奏者。埼玉県三芳町出身。10歳で和太鼓を始める。東京オリンピック2021の閉会式や1998年仏W杯の閉会式で和太鼓を披露。現在は、戸隠にある稽古場「是色館」を中心に活動。池田町・安曇野市堀金で月に2回、和太鼓塾「ちはやぶる」を開講中。
太鼓を通して伝えたいこと
インタビュアー(イ) 佐藤さんは、和太鼓を演奏するだけでなく教室も行っていますよね。太鼓を通して、どのようなことを伝えたいと思っていますか?
佐藤 二十年以上前から太鼓を教えていますが、太鼓を通して自分が感じてきたことを届けたいと思っています。いつも太鼓塾では「ついでに太鼓を教えている」と伝えており、身体を活き活きちゃんと動かすと力が湧いてくることを感じてもらいたくて教えています。
この感覚は、太鼓以外の日常にも良い影響を与えます。教室を通して得た感覚が、仕事や生活につながっていったら、こんなに素晴らしいことはないです。
身体を動かすとは
イ 実は私も佐藤先生の教室で太鼓を習っていますが、腕をまっすぐに上げ続けられないのが課題です。これはどうしてなのでしょう?筋肉不足ですか?
佐藤 それは、普段上げてないからですね。筋肉が足りないのではなく、「こういう風に腕を上げることもある」という感覚を身体が忘れているのです。
身体は、何も見ていない、知識がついていないうちは、自然に身体を動かせていたはずなんです。しかし、成長する中で癖がついてしまう。身体が動かし方を思い出して、応えてくれるようになると、だんだん楽になり、腕も上げ続けられるようになります。
身体の使い方
イ なるほど、筋肉ではなく身体が感覚を忘れているのですね。佐藤先生は、身体の使い方や動かし方を誰かに教わったりしたのですか?
佐藤 実はこの感覚は、誰かに教わったわけではなく、一人で太鼓を打ち続けているうちに太鼓から教わったものです。こういう感覚は、自から発見していくもので、教えられないものなんですよね。
例えば、バランス下駄(下駄の裏に丸いゴムが一点だけついた不安定な履物)から降りたあと、自分の足で立ったときの安定した感覚は、教えようがないです。でも、試してみると間違いなく違いを感じます。
この感覚をわたしは「自分だけの真実」といっていて、とても大切なことなんです。誰かから聞いた知識ではなく、自分で体感して得た真実。真実だからこそ、信じることができます。
一般的な教室などでは、やり方を教えます。たまたま教えたやり方がマッチすればいいですが、なかなかマッチしません。無理して教えられた方法で、頑張ってしまい、それが癖になってしまうことも多いです。
私はそうではなく、立ったときの安定感など、自分の中で良いと感じたものを信じることから全ては始まると思っています。動き方からやってしまうと、軸がないまま、基準がないままなので、自分で信じられるものがない形だけのものになってしまうのです。
「脱力」の感覚
イ とても深いですね。今のお話は、他にも読者の方に伝わりやすい例などあったりしますか?
佐藤 一番わかりやすいのは「脱力」です。よく太鼓で「もっと脱力しろ」と言われますが、脱力の感覚ってわかりますか?多分、言ってるほうもわかっていない場合が多い気がします。でも、「脱力のひとつの形」は体感することができます。
下駄を脱いだあと、余計な力を使わずに、静かにスッと立っている。この状態が「脱力して立つ」というひとつの形なんです。この感覚をつかむところが始まりで、その発見が楽しいんです。「あ、これが脱力か!」と。楽な立ち方ではなく、「脱力して立っている感覚」を大事にして自由に動けるようにしていく。
これができるようになると、他の脱力もできるようになります。また、どんな種類の太鼓でも、幅広く打てるようになります。自分が、四十年以上和太鼓を続けられている秘訣はここにあります。「演奏はしんどいことも多いけど、こんなこともできちゃう私ってスゴイね!」と、素直に自分に感動する、この経験の積み重ねです。
最後に-思いっきり力を出せる場-
イ 教えてもらうのではなく、一人ひとり自分に合ったやり方を見つける。確かに佐藤先生の太鼓教室では、細かな指導はあまりなく大体の方向性を教えてもらい、あとは自分と向き合い最適解を見つけている気がします。最後に、他にも教室を通して伝えたいことがあれば教えてください。
佐藤 日常の中に、思いっきり力を出せる機会って意外と無いんですよね。おもしろいのが、太鼓は大人になればなるほど、全力で打つのが難しくなります。子どもは無邪気に全力で打てるけど、大人は考えてしまう。この、考えて全力が出せない感覚を外せるのが、太鼓のおもしろいところです。
これは単純なようですが、とても大切なことです。しっかり力を出し切っていないと、いざというときに自身のコントロールができません。全力でへとへとになる経験をしていると、人間は変わってきます。自分自身の力が、普段隠れて見えない力も全てみえるようになる。それを体験する場を、みなさんの身近で提供できればと思っています。
イ 佐藤先生、ありがとうございました。